ごらん!勇ましく崩れていく僕のプライド、君を大切に思うほど、僕の隙は大きくなる。叶わないと笑った、それは本当に心からの言葉だった?君が僕に求めたのは壮大すぎるリアリズムで、夢見がちな僕には少し重荷だった。それでも過ぎ去った幸福への矜持を保つために、僕はいつだってイエスと言うよ。世界がくじけてしまう前に、叶えねばならない夢がある、だから呆れるほど間違いながら、まだ愛していると言うよ。

の葬列

 少しずつ暮れていく空は冷えて、世界はうっすらと灰色になる。君はくたびれたソファの上にだらしなく座って、ペーパーナイフの先を器用に使って、僕の時計を分解している。リ、と小さな音を立てて、歯車が3つ飛び出した、それが光をうつして桃色に煌めくのを僕は見た。

 時計を壊したって時は止まらないから、君と僕との間に流れる空気も変わらない、倦怠感で濁っていく酸素のせいで、この体の輪郭さえあやふやになっていくようでよくない。つらいつらいと泣くのはいつだって僕だけ、君は上の空で笑いながら「人は弱いものよ」なんて歌う。過ぎた時は戻らないけれど、硬化して石みたいになった思い出は、やがてもろく欠けてしまう気がした。それはとても恐ろしいことだ、何かが変わるくらいなら、今がいつまでも終わらなければよかった。

 愛を愛で以て統制すること、束縛してはいけないもの、欲しいと望むこと、連続する衝動で焼ききれた神経回路、取り繕うように、そう、僕は必死だ!まるではるか背後に恐るべき捕食者の姿を認めたガゼルのような逃走、逃げる気があるならば振り返ってはいけない、世界は君を救いはしない。連綿と続いてきた歴史の中で、今このときが持つ意義。働く意味。恵まれた僕。美しい君。多くの欠落でなく、余剰で苦しむことができるのは幸いである。


「外から止めることが出来ないのなら、内から止めるしかないと思うんだ」

「恵まれている人間の発想だわ、贅沢なのね、ばちあたり」

「僕なりに考えた末の意見だのに、君はいつだってそうして切り捨てる」

「そうしていつも、わたしのせいにするのね」


 世界中のかわいそうな子供たちに謝罪をするといいわ、生きて朝を迎える幸せを知っている子たち、その父と母、彼らの足元にひれ伏して殺してくださいと頼んでみればいい。そうして運よく殺されなかったなら、今度はあなたに生を与えた父と母、彼らの足元にひれ伏して殺してくださいと頼んでみればいいわ。きっと彼らは泣くから。


「どちらがより深い罪だと思う?」

「それでも僕は望んでしまう、僕は愚かだから」

「いいえ、あなたは無知なだけ」


 君はペーパーナイフを投げ捨て、僕の頭を抱えてうっとりと目を伏せた。僕が迷えば迷うほど、君はますます楽しげになっていくようだった。反目しているみたいな僕らのあり方はとてもアンバランスで、似合わないから、僕らはきっと一緒にいるべきではなかった。けれど仕方がないね、出会ってしまったのだから。一度でもその手をつないでしまったのだから。


「出来ないせいでなく、出来るのにやらないせいで苦しむお馬鹿さん」

「そうだよ、自分の手を汚すのがいやで、ひとに煩わされることを厭うだけの、いやしい僕だ」

「愛しいわ、自分勝手で物知らずのあなたが、とてもかわいい」

「どこまで本当なんだか。君のこと、僕はすごくうそつきだと思うよ」

「わたしはいつだって正直よ、受け取るあなたが素直じゃないだけ」


 我々、ただ美しく在るだけでは駄目で、善行も悪行も人に見せるものにあらず。本当はいい格好ばかりしていたいんだ、虚栄心と自尊心のかたまりだから、恥をかくのは御免だし、上手く出来たことは誇りたい、いいことをしたら君に話すし、いけないことをしたら秘めるよ。それは僕のバックボーンに根付いた意識で、僕がまるっきり子どもだった時分から身につけていた甘え方だった。


「いくら経験を積んだって、僕の本質はちっとも成長なんかしないんだ」

「だとしたら?」

「それならいっそ止まってしまえばいい、時なんて」

「本当にそう思ってる?」


 脳髄の奥に停滞する、この感覚を僕は知っていた。薄弱なマクロの核となるもの、体内を走る血液が、慕わしい思いをそそりたてること。僕の人生を要約して、トリビアルな部分にも着目をする、君はとても奇特でいやらしいひとだね。求めるものははるか遠く、手堅く。じんわりと冷えてゆく指先に、僕は僕である実感を得る。そうだ、僕はいつだって、落下の速度に負けないように、とても急いで生きていた。逃げるように、怯えながら、けれど本当は一秒でも長く生き延びるために。


「焦るんじゃないわよ、正しいことを見極めようとするうちにいつか目も開くわ、見えるようになる」

「本当にそう思ってる?」

「もちろんよ、心から」

「僕はなんだか、君がかけがえのない人であるような、そんな気がしてきた」

「ン、それは正しくないことだわ」


 足元にちらばった時計の残骸が、まるで痙攣するみたいに、小さく秒針を跳ね上げた。止めるすべがないことは分かった、壊れたものが元に戻ることはないことも分かった。きっと僕がなくしたくなかったのは、君から得られる命の反射だった。

 羽化とか風化とかを繰り返しながら、僕らは少しずつ取り返しのつかないものになる。インプットとアウトプットを繰り返して、少しずつアンノウンの産物になる。得たものと得られなかったものを理由に、きっと笑いながら何かを失った気持ちになる。だからかけがえのない今とともに、移り変わる時代を嘆きながら、リアルから目は逸らさない。変わらずに僕に与えられるのは、今を生きる君をとりまく、当たり前の日々だ。まぶしすぎる光と、珍しくもない愛だ。

数えきれない色々を思ううちに、僕は僕でなくなる気がした。体の形を保つために何か美しいことをしたい。


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